全国地域リーグ決勝大会



  参加チーム紹介


ノルブリッツ北海道FC 北海道 1位

平成15年度創立。 チームの前身は1985年に創部された「北海道電力サッカー部」がクラブチームとしてノルブリッツ北海道FCに生まれ変わりました。「ノルブリッツ」とはドイツ語の「北=Nord」と「稲妻=Britz」を組み合わせた造語で、北の大地を鮮やかに照らし出す稲妻の輝きと力強さにチームの未来と希望を託しています。北海道に根ざした活動を通じてアマチュアサッカーの振興と発展を目指します。地域決勝にお馴染みのチームですが、そろそろ北海道にJFLを。
ノルブリッツ北海道FCオフィシャルサイト:http://norbritz.jp/


グルージャ盛岡 (Grulla盛岡) 東北 1位

岩手県からJリーグチーム参戦を念頭に、03年にNPO法人組織「Jリーグチームを盛岡に作る会」を設立。母体となるチーム選定には盛岡ゼブラ・新日鐵釜石・大宮クラブなど候補があがるが盛岡商業高・盛岡中央高のOBらで結成した東北2部リーグ所属のヴィラノーバ盛岡を母体チームに決定。04年に公募からスペイン語の「鶴」・盛岡藩藩主南部氏の家紋「向鶴」.盛岡名物「じゃじゃ麺」・方言につかわれる「じゃ」の響きに由来しチーム名を『グルージャ盛岡』として始動。TDK SCの力を見ても東北リーグのレベルは実証済み。TDK SCに続けとばかりに意気が上がる。
グルージャ盛岡オフィシャルサイト:http://www.grulla.jp/


FC町田ゼルビア 関東 1位

1977年設立のチームで、市民のための総合型スポーツクラブ創設に向けた一環として1989年にFC町田ゼルビアが誕生する。2003年に後援会組織をNPO法人化しAC町田を設立、2004年よりチーム運営を委託、 竹中穣ら町田出身や縁のあるJリーガーを中心に補強をして、2005年東京都社会人リーグ1部優勝・関東社会人サッカー大会優勝、2006年 関東リーグ2部優勝と成果を挙げ、2007年から関東リーグ1部に臨んだ。この関東リーグでも圧倒的な強さを見せ連覇を達成。怒涛の勢いで決勝大会へと駒を進める。愛称の「ZELVIA」は町田市の樹・ケヤキ「zelkova」と、花・サルビア「salvia」を合わせた造語である。前大会での経験と、FC岐阜で決勝大会を勝ち進んだ戸塚監督の手腕でこの大会に旋風を巻き起こしそうだ。

FC町田セルビアオフィシャルサイト: http://zelvia.jp/


AC長野パルセイロ 北信越 1位

クラブの創設は1990年で、長野県北信地方の高校OBを中心に結成された「長野エルザSC」が前身となる。クラブの旧名称のエルザには、野生のエルザに出てくる雌ライオン「エルザ」が自然界の母であるように、「長野のあらゆるスポーツ競技の母体となり、地域に密着し愛されるスポーツクラブを目指し、長野のスポーツ文化の発展を願う」という思いが込められている。 また、クラブカラーには長野県旗のオレンジを用い、長野県の代表になりたいという願いが込められている。 2005年には、前長野市長の塚田佐を会長とした支援組織・Athle-naganoが立ち上がり、「長野にJのチームを」という夢の実現に向けて、日本フットボールリーグへの昇格、将来的には、Jリーグへの加盟を目指している。商標登録の関係でチーム名を変更することになり、2006年11月3日に行われたファン感謝イベントにおいて新チーム名「AC長野パルセイロ」が発表され、クラブ名が変更となった。今年は、昨年優勝の松本山雅FC・ツエーゲン金沢など強敵を抑え、リーグ優勝を果たした。久々の地域決勝大会参加になるが、北信越のレベルの高さをこの大会で実証したい。

AC長野パルセイロオフィシャルサイト:http://www.parceiro.jp/


静岡FC 東海 1位

チームは1980年代の後半に東海リーグに所属し、その後は静岡県リーグで活動していた「静岡やまき屋SC」が母体で、2001年に「静岡FC」の名称で再スタートを切った。静岡県内に三番目のJリーグチーム誕生を期待するNPO法人「静岡市にJリーグチームを作る会」や地元企業の支援を得てJFL昇格を目指す。決勝大会では、常連ともいえるチームだが、なかなか壁をぶち敗れない。もう場馴れはした、後は結果を残すのみ。今年は勝負の年となる。
静岡FCオフィシャルサイト : http://www.shizuokafc.co.jp/


バンディオンセ加古川 関西 1位

バンディオンセはスペイン語でバンディード〔山賊〕、オンセ〔11〕の造語。チームは 『Jのつく場所へ!』を合言葉にJFL昇格を第一目標とし、日々トレーニングを行っております。 本クラブはキッズからトップまで一貫性ある指導を行い国内トップレベルに対応し得る真のスポーツマンとしてのサッカー選手を育成すると共にサッカーを通じてスポーツの正しい理解を深め健全な心身の育成を図り県内スポーツ振興に寄与及び地域社会に貢献することを目的としています。2005年・2006年・2007年と涙をのんだが、この経験が生きるはず。後は組み合わせ次第とも言える。
バンディオンセ加古川オフィシャルサイト:http://www.banditonce-kakogawa.jp/


アイン食品 関西 2位

アイン食品サッカー部は前進として現社長の松岡一郎氏がサッカー仲間たちと集い 、「大商大クラブ」という名で発足させ、大阪社会人リーグに加盟したのが始まりです。その後は、メンバーなどの高齢化によりチーム力強化として大阪商業大学 サッカー部の2軍選手を補強しリーグ中位まで上り詰めた。1990年に経営が軌道に乗り出し実績のあるサッカー選手の獲得が可能になり学生主体のチームから 社員主体のチームへと変化していきました。1994年に府リーグに降格するとなかなか関西リーグに昇格することが出来なかったが2001年の関西府県リーグ決勝大会で優勝し8年ぶりの関西リーグ復帰となった。その勢いそのままに2002年のリーグでは2位に食い込み地域リーグ決勝大会への参戦となった。地域決勝大会では、堂々優勝しジヤトコとのJFL入替戦に挑んだが惜しくもPK戦の末敗れた。本年はこの経験も踏まえ大会に参加する。
アイン食品オフィシャルサイト:http://www.ainfood.com/sc/


レノファ山口 中国1位

山口県からJリーグを目指すチームとして活動するチームで、「2011やまぐち国体」の優勝を目指すチームとしても活動しています。 レノファの語来は、「renovation(維新)」の頭文字レノと「fight(戦う)」や「fine(元気)」のファを合わせて「RENOFA YAMAGUCHI FC(レノファ山口)」となりました。歴史に名を残した山口県の先人たちのように、日本のサッカー界にもその名を刻んでほしいと願い命名されました。今回の地域決勝でファジアーノ岡山に続く意味でも中国リーグの実力を実証したい。
レノファ山口オフィシャルサイト:http://renofa.com/


佐川急便中国 中国2位

1989年、佐川急便中国支社内で”サッカー同好会”として活動を始め、1995年、第1回佐川急便全国サッカー大会に出場するため、正式に佐川急便中国支社のサッカー部として認められる。 その後、同企業グループの東京や大阪に刺激を受け、2001年広島県リーグ3部に初参加。 広島県内最短で中国リーグまで上り詰めた勢いのあるチームです。 「仕事とサッカーの両立」をテーマに今もドライバーをしながらがんばっている選手達がどこまで上り詰めるのか?この大会注目のチームです。
佐川急便中国SCサイト:http://sports.geocities.jp/sagawa_chugoku_sc/index.htm


カマタマーレ讃岐 四国 1位

高松商業高校のサッカー部出身選手によって結成された高商OBサッカークラブとして、1977年に創設され、1991年に香川紫雲FC、2000年にサンライフFCと改名し、サンライフとのスポンサー契約満了をもって高松FCと改名、そして2006年にJリーグ参入を目指す目標をたて、カマタマーレ讃岐と改名し新たに出発した。クラブの運営母体はNPO法人の高松スポーツクラブで、クラブ名のカマタマーレは地元の名産品釜玉うどんとイタリア語で海を意味する「マーレ (Mare)」を合わせた造語からなる。天皇杯では、JFLのガイナーレ鳥取も破っている実力、大いに地域決勝で実力を振るいたい!

カマタマーレ讃岐オフィシャルサイト:http://www.kamatamare.jp/


沖縄かりゆしFC 九州 1位

1998年、かりゆしホテルズFCとして設立もその翌年に沖縄かりゆしFCと改称して、2000年に県リーグ3部参入しました。その後2001年に1部昇格し、2002年に九州リーグに昇格し、元ヴェルディ川崎のラモス監督の元、史上初の全勝優勝を果たした。しかし、地域リーグ決勝大会でまさかの予選リーグ敗退後、ラモス監督及び選手とフロントとの確執が表面化し、天皇杯でHonda FCに惜敗した後、選手のほとんどを失い、空中分解をした。しかし、その後、新たなメンバーから再出発し見事に優勝を果たし、またこの地域決勝の切符を手にした。決勝ラウンドが石垣島で行われる点からも決勝ラウンドに進めばホームアドバンテージは大きい。
沖縄かりゆしFCオフィシャルサイト:http://www.kariyushi-fc.co.jp/


V-ファーレン長崎 九州 2位

2004年設立のチームで、2010年以内のJリーグ入りを目標に目指して活動している。チーム名はオランダ語の「航海する=VAREN」(ファーレン)と「平和=VREDE」(ブレーダ)、ポルトガル語の「勝利=VITORIA」(ヴィトーリア)、の3つの言葉が語源になっている。 高校サッカーの名門国見高校OB主体の国見FCと1999年度からの5年で3度の長崎県1部リーグ優勝の実績を誇る有明SCが合併し設立、04シーズンの長崎県1部リーグを無敗で制し、第28回九州各県リーグ決勝大会出場。大会前の補強も功を奏し、準優勝で九州リーグ昇格。九州リーグ開幕前にチーム名を『V・ファーレン長崎』と改称。その後kyuリーグで優勝、地域決勝大会に臨むが、TDK SC・FC岐阜・ファジアーノ岡山に阻まれJFL昇格はならなかった。今年はリーグ2位ながらも決勝大会に駒を進めた。決勝大会に参加するどのチームよりも経験値は高い。悲願のJFL昇格なるか?
v-varen長崎オフィシャルサイト:http://v-varen.com/


ホンダロック 全社3位

1964年に社内サークル活動の一環として、本田ロック黒潮会サッカー部が創設された。1997年に九州リーグ昇格を果たし、ホンダロックサッカー部と改称。2年後、会社の公式クラブとなり、より強力なバックアップを受ける。その結果、創部40年となる節目の2004年に、悲願の九州リーグ初制覇を達成した。全国地域リーグ決勝大会で3位となり、初挑戦でJFL昇格を決めた。「人間尊重」「喜びの創造」を理念に、宮崎県スポーツ文化向上の一翼を担う。地域密着型で社会的感動を創造し、従業員の起爆剤としての役割、人材育成を目的に、「アマチュア企業スポーツで世界一」を目標にJFLに挑戦した。しかし、2005・2006年とも下位に低迷し、2006年末にFC岐阜との入れ替え戦で合計スコア1-8で敗戦し、JFL在籍わずか2年で地域リーグに降格する事になった。チームとして地域決勝大会の戦い方を知っている事は大きなアドバンテージになるに違いない。
ホンダロックオフィシャルサイト:http://www.hondalock-sc.info/


松本山雅FC 松本山雅FC 全社 4位

1965年に当時の長野県選抜の選手を中心に結成されたチームで、1975年の北信越社会人リーグ発足以来、在籍し続ける唯一のクラブチームである。2004年に地元有志によるNPO(特定非営利活動法人)「アルウィン・スポーツ・プロジェクト(略称:ASP)」が発足し、山雅SCを母体として、Jリーグ入りを目指している。 2005年2月より、ガンバ大阪などでプレーした、元柏レイソル青梅ユース監督の辛島啓珠が監督に就任、チーム名を「松本山雅FC」に改称し、選手も元Jリーガーをはじめ県内外の有力選手が入団している。過去にリーグでは優勝1回、準優勝3回、3位3回という成績を収め、1997年・2006年には天皇杯全日本サッカー大会に長野県代表として出場し、2006年は2回戦に進出の成績を出している。2005年は北信越社会人サッカーリーグ2部を優勝。1部昇格を果たし2006年は最終節までJAPANサッカーカレッジと、同じく長野県の長野エルザSC(現:AC長野パルセイロ)と激しい優勝争いを演じたが2位に終わり、昨年はこの雪辱を果たし長野パルセイロとの接戦を制し、リーグを優勝し、決勝大会へのチケットをつかんだ。しかし第1ラウンドでFC MI-OびわこKusatsuniに 破れ、JFL昇格はならなかった。今年はNECトーキンの辞退により、切符をつかんだ。この機会を生かすためにも何が何でも勝ち上がらなくてはならない。

松本山雅FCオフィシャルサイト: http://alwin.org/index.php


日立栃木UVA SC 補枠1

栃木県大平町にあるクラブチームで、2002年大平町とサッカー協会の協力を得て地域に密着した総合型地域スポーツクラブを目指し、ジュニアユースを基盤に『ウーヴァスポーツクラブ』を設立、その後平成18年度より栃木県のサッカーをリードする日立栃木UVA SCをトップチームに設け大人から子供まで活動できるチーム構成で活動開始しました。ウーヴァ『UVA』とはポルトガル語で『ぶどう』の事で、 ホームタウンの栃木県大平町の特産物であり町をイメージできることから命名されました。 天皇杯ではJFLのジェフリザーブズを破るなど実力は証明済み。元栃木SCの選手も多く在籍し、この大会では台風の目的存在のチームになるかも知れない。
日立栃木UVA SCオフィシャルサイト:http://www.cc9.ne.jp/~uva-sc/


矢崎バレンテ 補枠2

現在調査中
 


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