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※ ここからは過去にJFLに在籍したチームの紹介になります。(まだ全チーム掲載していません。これからどんどん更新していきます)





1991年に佐川急便サッカー同好会として発足し、当初は主に江東区リーグなどを活動の場としていた。1998年に佐川急便東京支社サッカー部と改称し、大貫監督が指揮をとり始めて新メンバーも数多く加わる様になり翌年、東京都リーグ1部優勝によって関東リーグ入りを達成。その1年目にも見事、優勝を飾った。勢いに乗って臨んだ全国地域リーグ決勝大会も制覇して2001年からのJFL参入を決めた。昇格に際して、佐川急便株式会社サッカークラブと改称したが、佐川急便大阪SCがJFLに昇格したため、チーム名を再び変更。佐川急便株式会社東京サッカークラブとなった。毎年開幕ダッシュには失敗するものの、安定した力を発揮して、上位に君臨した。2006年は2位と言う成績を収め、惜しまれつつも2007年からは佐川急便大阪SCと合併し『佐川急便SC』として新たにアマチュア最高峰の座を狙う。



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創立は1965年と古く、1978年に北摂蹴鞠団として大阪リーグ4部に加盟。1989年に体大蹴球団と改称し、現役学生を中心にチームを構成した、全国でもユニークな存在として注目を集めた。1997年には佐川急便SCとして、常に上のリーグを目指すチームとして再スタート。1999年には佐川急便大阪SCと改め、仕事とスポーツの両立を目標に活動中。スローガンである「自分で考え、判断し、行動する」を念頭に、全国地域リーグ決勝大会に優勝してJFL昇格を決めた。企業スポーツとしてアマチュアの最高峰のJFLで活躍する事を目指し、社内に勇気と活力を与えている。2006年は3位と言う成績を収め、惜しまれつつも2007年からは佐川急便大阪SCと合併し『佐川急便SC』として新たにアマチュア最高峰の座を狙う。

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1964年に社内サークル活動の一環として、本田ロック黒潮会サッカー部が創設された。1997年に九州リーグ昇格を果たし、ホンダロックサッカー部と改称。2年後、会社の公式クラブとなり、より強力なバックアップを受ける。その結果、創部40年となる節目の2004年に、悲願の九州リーグ初制覇を達成した。全国地域リーグ決勝大会で3位となり、初挑戦でJFL昇格を決めた。「人間尊重」「喜びの創造」を理念に、宮崎県スポーツ文化向上の一翼を担う。地域密着型で社会的感動を創造し、従業員の起爆剤としての役割、人材育成を目的に、「アマチュア企業スポーツで世界一」を目標にJFLに挑戦した。2005・2006年とも下位に低迷し、2006年末にFC岐阜との入れ替え戦で合計スコア1-8で敗戦し、JFL在籍わずか2年で地域リーグに降格する事になった。早期のJFL復帰が待たれる。



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松山サッカークラブとして1970年に創立。愛媛県リーグから、1987年に四国リーグへ昇格した。1995年の株式会社愛媛フットボールクラブ設立に伴い、翌年、名称を愛媛フットボールクラブに変更。JFL昇格を目標に本格的な強化を始めた1998年には、四国リーグで初優勝し、昨年は3連覇を達成。3度目の挑戦となった全国地域リーグ決勝大会では、予選リーグで敗退したが、社会人連盟の推薦を受けて、念願のJFL参入が決まった。これを機に、会社から独立し、名称を愛媛FCに変更。愛媛県出身の選手を中心に編成された県民クラブとして、活動していくことになった。同じ四国の徳島ヴォルティス(前大塚FC)には先を越されたが2005年シーズンで優勝して念願のJ参入を達成した。



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1955年から活動を開始。1970年代には、四国を代表するチームに成長した。会社が本格的なチーム強化の方針を打ち出したのは1988年のこと。その後の活躍は目覚しく、2年後にはJSL2部に昇格。1992年から始まったJFLでも、安定した成績を残してきた。1999年からの新JFLに加盟。同時に旧JFL時代のヴォルティス徳島から大塚製薬サッカー部(大塚FC)と名称を戻し、企業チームへの移行を図った。現在はトップチーム、3クラスあるサッカースクールの活動を軸に、スポーツによる地域貢献を目指し、県内のサッカー普及にも努めている。2003・2004年共、JFLを代表するチームへと成長し2連覇を果たし、2004年暮れに新チーム「徳島ヴォルティス」として新たに出発しJ加盟を果たした。



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チーム住所 〒500-8425 岐阜県加納新本町1-15
公式サイト http://www.fc-gifu.com/
昨年成績 今季からJFLに加盟。全国地域決勝大会2位
   
   
   



2001年4月に設立のチームで、県サッカー協会、岐阜経済大学教職員、学生、民間有志を中心に結成されたスティックルバック・スポーツクラブ(SSC)を運営母体としている。特定非営利団体法人の認可を受け、「ゆとりある地域社会の実現と個性豊かな地域文化の創出」への活動を続け、岐阜県にJリーグチームを誕生するため、県一体となり邁進している。昨年は東海リーグで静岡FCなど強豪チームを圧倒し優勝をし、意気揚々と全国地域リーグ決勝大会に参加したものの2位に終わった。その後、JFL最下位だったホンダロックとの入れ替え戦で合計8-1の圧倒的なスコアで勝利しJFL昇格がなった。2007年は夏場勝ちが拾えず苦しんだ時期もあったが、終盤の粘りでJ参入をかなえることが出来たみこんだ。J参入までまさに全速力で駆け抜けた訳だが、J参入がなった今改めてクラブの地固めが必要と言える。これから頑張ってほしいクラブのひとつだ。



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※ 写真はなっからSさん提供によるものです。有難うございます。



長良川陸上競技場





サッカー専門学校「東日本サッカーアカデミー」を母体としてチーム結成し、リエゾン草津フットボールクラブと命名される。1995年から97年まで県リーグ4部・3部・2部と優勝する。1999年に東日本サッカーアカデミーより独立、町のクラブチームとして活動を始めるも選手の人数が激減し、一時4人となる。 しかし、元からあるサッカーチーム、草津クラブやその他多くの方たちの協力をえてチームを維持し、セレクションなどを行った結果、集まった25選手で活動した。2002年に元鹿島アントラーズの奥野僚右氏が監督に就任した後、チーム名を「リエゾン草津」から「ザスパ草津」に改名して現在に至る。2003年より関東リーグ2部に昇格し戦い、堂々の優勝の成績を上げ、日本協会の飛び級制度の適用を申請し、第27回全国地域リーグ決勝大会に参加し、ここでも堂々の優勝の成績をあげ、JFL昇格へと至った。JFL昇格した2004シーズンでは安定した成績をあげ3位となりJリーグ加盟を果たした。


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チーム住所 〒938-8610 富山県黒部市吉田200 YKK AP 株式会社 黒部事務所
公式サイト http://www.ykkapfc.jp/
昨年成績 4位:19勝10分5敗
   
   
   




YKKサッカー部の創設は1962年と古いが、実質的な活動は1969年にスタート。当初は富山県リーグで戦っていたが、1975年の北信越リーグ誕生とともに加盟し、昨年までの 26年間、在籍していた。その間、11回の優勝をはじめ、常に上位を占めるなど、北陸の強豪として活躍。一方、昨年の富山国体に向けて、1999年に元日本代表の藤島を監督に迎え強化を図った。それが実り、全国地域リーグ決勝大会に連続出場、JFLへの昇格も果たす。確実に順位も年々上げてきており、2005シーズンでは惜しくも優勝を逃したが、最後まで優勝を争った実力はアマチュアサッカー界のTOPチームの一つと言ってもいい実力だ。2008年シーズンかたは、『カターレ富山』としてアローズ北陸との合併で新たな目標に進む事になりました。

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魚津桃山陸上競技場





チーム住所 〒930-0858 富山県富山市牛島町13-15 北陸電力(株)
公式サイト http://www.rikuden.co.jp/soccer/
昨年成績 8位:16勝9分9敗
   
   
   



「スポーツを通じて企業イメージの向上と地域スポーツへの振興への寄与、職場の活性化を図る」事を目的にアローズ北陸は、1990年に北陸電力株式会社サッカー部として創部され、以来、仕事とスポーツの両立をモットーに活動を続け、96年にアローズ北陸とチーム名を改称した。ALO'S(アローズ)はANTELOPES(英:アンテロープ=カモシカ)からの造語で語源はギリシア語の「花=アントス」と「目=オープス」が結びついたもので「花のように輝いた目」を意味し、カモシカの丸く「輝いた目」を指しています。その「輝いた目」と自然の中で生き抜く力強さをもつ「ANTELOPE」に夢と希望を託しています。93年に北信越サッカーリーグに昇格し7年をもってJFLへの昇格を決めた。第23回全国地域リーグ決勝大会では、他を寄せ付けない全勝優勝でJFL昇格を果たした。2005年シーズンでは、最高の3位の成績を収めまた天皇杯で湘南ベルマーレを破るなど実力をみせつけた。今後も、創部当初の目的、精神を受け継ぎ、アマチュア界のトップを目指す。



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※ 写真は富山の一サッカーファンさんとまっくろさん提供によるものです。有難うございます。



富山県総合運動公園陸上競技場





チーム住所 〒860-0844 熊本県熊本市水道町5-21 コスギ不動産水道町ビル3F (株)アスリートクラブ熊本
公式サイト http://rosso-k.jp/
昨年成績 5位:20勝6分8敗
   
   
   



以前JFLに参加していた前身のアルエット熊本からロッソ熊本へチーム名を変更し、「真の意味での県民クラブ」として、Jリーグ参入を目指すと共に、熊本初のプロサッカーチームとして、「県民に元気を」「熊本へ活力を」「子供たちへ夢を」をキャッチフレーズに地域に根ざしたクラブ創りを目指そうとしているのがロッソ熊本です。2005年のkyuリーグではFC琉球と雌雄争いながら優勝を成し遂げたものの、優勝候補筆頭で参加した全国地域決勝大会では3位というギリギリの成績でJFL昇格を決めました。プロ契約選手を多く抱え望んだ2006年JFLは、好成績をあげたもののJ参入の条件である『2位以内』を確保する事が出来なかったが、2007年は佐川急便SCにつぐ2位の成績で、堂々のJ参入を果たした。



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K.K WING